PROFILEプロフィール

ごあいさつ /Greeting

私のホームページをご覧いただきありがとうございます。私は26歳の時に勤めていました銀行を退職し三重県議会議員選挙に挑戦しました。 いわゆる「地盤・看板・かばん」全くないところから同世代の仲間たちと共に志ひとつ持っての挑戦でした。しかし結果は、12,431票(416票差)で惜敗でした。
 その後、四年間は学習塾やパソコン教室を始めたり、多くのNPO法人を立ち上げ様々な経験を重ねることができ、平成15年に30歳で三重県議会議員に初当選しました。 以降多くの皆さんのご支援で四期連続当選しこの間は、予算決算常任委員会委員長や四日市港管理組合議会議長など要職を歴任させていただき、 「初心、継続。」を心に刻み、地域の発展と県政発展のため全力を注いで参りました。
 平成28年9月、14年間勤めてきた県議会議員を辞職して、11月の四日市市長選挙に挑戦することを決意しました。市民と一緒に政策を作り、市民とともに実現するため全力で選挙戦を戦いましたが 、力不足で結果を出すことが出来ませんでした。四日市の未来を真剣にまじめに考えて作ったビジョンを実現することが出来ないことは無念で申し訳ありませんが、私に得票いただいた43,964票の重みを感じています。
 この選挙結果は、私にとって自分の第二の人生を見つめ直すきっかけとなり、家族や仲間や自分にとって大切なものとの時間を過ごす貴重な期間となりました。この間、介護や医療、福祉の分野で様々な仕事に携わり、現場の課題と政治の重要性をあらためて認識致しました。明治大学大学院に入学し腰を据えて公共政策を学ぶ機会ともなりました。
そんな貴重な二年間を経て、平成31年4月再び三重県議会議員選挙に挑戦し、22005票という尊い得票をいただき5期目の当選をさせていただきました。第二の人生も政治をやると決めましたが、これからの私の政治家としてのキーワードは、「参加型」「当事者意識」「価値観の共有」です。私に見えている日本の未来は決して明るいものではありません。しかし、子どもや孫の世代のために今自分に出来ることを体を張って取組みます。
 今後ともご指導、ご支援賜りますようお願い申し上げます。

令和元年10月
三重県議会議員 稲垣昭義

プロフィール /Profile

政治家になるまで

  • 四日市市東坂部町にて誕生

    昭和47年6月10日

    大池中学校・四日市高校・立教大学法学部卒業

  • 株式会社三重銀行入行

    平成7年4月

    富田支店に配属

  • 株式会社三重銀行退社

    平成10年8月

    次世代のために政治活動開始

  • 三重県議会議員選挙出馬(26歳)

    平成11年4月

    12,431票で次点(416票差)
    学習塾・パソコン教室などを立ち上げ4年間生活。
    NPO法人三重県フリーマーケット協会設立などたくさんのNPO活動に携わる。

私が政治に関心を持ったのは

私が政治に関心を持ったのは高校3年生の時でした。3年間取組んだラグビー部を引退し、受験勉強のため毎日授業が終わると帰宅する生活になりテレビの情報番組やニュースを見るようになりました。その時起こったのが湾岸戦争でした。テレビを通して戦争を身近に感じ、見る映像は映画やドラマではなく本物の戦争であることに衝撃を覚えました。その後、国会で起こったPKO法案等の議論は、日本の未来を決める場所はここだと知ると共に非常に新鮮でありました。
「世界は広くいろんなことが起こっている。誰かが日本や世界の方向性を決めているなら、それを見ているだけではなく決めるべき立場の人間になりたい」こんな思いを持って上京しました。

早稲田大学鵬志会に所属

立教大学入学と共に、高校の先輩の紹介で早稲田大学鵬志会(政治サークル)に所属し、現場主義で国会議員や都議会議員など政治家の事務所でボランティア等を体験し選挙のお手伝いも多くさせていただきました。多くの貴重な経験の中で、あすか青年育成国際財団に所属し、アジアからの留学生との交流を深めることが出来たことと、第6回世界青年の船に乗船し13か国の青年と共に旅をしたことは、今の私の日本人としての基礎となり、自分自身の物の考え方の基本になっています。

芙蓉ラグビー部に所属

大学4年間は、立教大学では芙蓉ラグビー部に所属し大好きな楕円のボールを追いかけ、早稲田大学でははっきりとは見えない中、遠くにある夢を追いかけた充実した東京生活でした。

三重銀行の内定

大学4年生になると仲間たちが就職活動を始める中、私は、世の中の出来事を見ているだけでなく物事を決める立場になりたいとの思いを実現する仕事はマスコミと考え、テレビ局、広告代理店、新聞社と就職活動を行い何社も受けましたがことごとく敗れました。そんな中、地元の株式会社三重銀行の内定をいただき、私は3人兄弟の長男であることもあり三重に帰ることを決心しました。
 当時、政治家を身近に見てきて自分もなりたいとの思いはありましたが、「地盤・看板・かばん」のない人が政治家になることは難しい時代であり、親が普通のサラリーマンの私には無理だと考えその道はあきらめました。

三重県議会議員選挙に立候補

三重銀行に入行してからは、地元に帰ったことから中学や高校時代の同級生達とイベントサークル「とけい」をつくり様々なイベントを企画し楽しみました。銀行員として3年が経ち仕事もかなりおもしろくなってきていましたが、「とけい」のメンバーが400名を超え、この同世代の仲間たちと大きな夢を追いかけてみたいと考え銀行を退職し三重県議会議員選挙に立候補することを決意しました。

再挑戦に向けてスタートしました

「子どもや孫の世代のために世代責任を果たす」との強い思いで仲間たちと半年間、四日市市内を走り回り、ゲリラ戦を展開しましたが、残念ながら結果を出すことが出来ませんでした。脱力感の中、当初から1回だけの挑戦と決めていましたので次の道を考えようと思っていましたが、多くの方から4年頑張って次こそはとの声をいただき、再挑戦に向けてスタートしました。この4年間は私の今までの人生の中で最も厳しい時期でしたが、人の支えを実感した時期でもありました。

NPO法人三重県フリーマーケット協会設立

学習塾とパソコン教室を立ち上げ、子どもたちに勉強を教え、高齢者やパソコン初心者の方にパソコンを教えて4年間生活することが出来ました。その間、NPO法人三重県フリーマーケット協会を立ち上げ、今では四日市ドームフリマや毎月第一日曜日の市民公園フリマは多くの方に親しんでいただけるように浸透してきています。また、大四日市まつりと四日市花火大会の事務局を2年間務めたことで四日市の魅力をあらためて知ることになりました。後から振り返ると本当に貴重な出会いと経験を蓄積することができた4年間であったと思います。

三重県議会議員選挙に初当選

たくさんの方に支えられ、平成15年4月三重県議会議員選挙に再挑戦し初当選を果たし政治家としてのスタートを切ることが出来ました。私は30歳でした。

政治家として

  • 三重県議会議員選挙

    平成15年4月

    初当選(30歳)最年少

  • 三重県議会議員選挙 (二期目当選)

    平成19年4月

    政策防災常任委員会委員長
    NPO等ソーシャルビジネス支援調査特別委員会委員長
    四日市港管理組合議会第45代議長(歴代最年少)等を歴任

  • 三重県議会議員選挙出馬 (三期目当選)

    平成23年4月

    議会運営委員会副委員長
    予算決算常任委員会委員長等を歴任

  • 三重県議会議員選挙出馬 (四期連続当選)

    平成27年4月

    三重県手話言語条例検討会座長

四日市市長選挙からのスタート

  • 四日市市長選挙出馬

    平成28年11月

    43,946票で落選

  • 介護、医療、福祉などの現場での新しいスタート

    平成29年4月

    四日市看護医療大学地域研究機構地域研究センター研究員
    ユマニテク医療福祉大学校学校長 他

  • 明治大学大学院ガバナンス研究科

    平成29年9月

    入学

  • 三重県議会議員選挙 (五期目当選)

    平成31年4月

    三重県議会最大会派「新政みえ」代表就任

趣味:スポーツ・読書・ワイン(令和元年11月ソムリエ協会ワイン検定シルバー試験合格)

高校・大学時代はラグビー、現在は仲間たちとフットサルチームで活動、また登山をはじめて平成24年5月~平成26年4月にかけて鈴鹿セブンマウンテン(御在所、藤原岳、釈迦ケ岳、竜ケ岳、鎌ケ岳、入道ケ岳、雨乞岳)登頂達成。市長選挙敗戦後はマラソンをはじめて、様々な市民マラソン大会に出場しています。また息子の少年野球チームの練習に参加して野球を楽しんでいます。読書は移動中欠かすことはなく、 幕末・明治維新、昭和初期の時代に関する本をよく読みます。

好きな食べ物:餃子・うどん・冷麦・素麺

餃子は大好物で高校時代には塩浜の満州で100個食べたこともあります。
麺類は基本的に毎日でもOKです。夏は特に大矢知の冷麦・素麺が最高です。

四日市の未来へ

著者 稲垣 昭義 イマジン出版 ¥1,944(税込)

座右の銘:敬天愛人

西郷隆盛が好んでよく使っていた言葉ですが「天をうやまい、人を愛する」ことです。

尊敬する人物:坂本龍馬

幕末の混沌とした時代に行動力、バランス感覚抜群の方でした。私もかくありたいと思います。

議員活動以外で最近力を入れていること:三重県にJリーグチームをつくる

現在、三重県にはJリーグチームはありませんが、Jリーグ入りを目指してヴィアティン三重が立ち上がり活動しています。私は地域スポーツの発展のためそのクラブの趣旨に賛同し、ヴィアティン三重公式サポーター「オレンジ会」を立ち上げ応援をしています。三重県にJリーグチームを誕生させます。

現在の主な役職 /Position

四日市看護医療大学地域研究機構地域研究センター 研究員
株式会社いすず会ホールディングス 常務取締役
社会福祉法人来福 理事
社会福祉法人桜コミュニティ 理事
社会福祉法人鈴鹿聖十字会 評議員
三重地区連合自治会 顧問
三重地区自主防災会 顧問
三重地区社会福祉協議会 顧問
総合型地域スポーツクラブさんさん 顧問
認定NPO法人大谷台学童保育会 顧問
特定非営利活動法人(NPO法人)体験ひろば☆こどもスペース四日市 顧問
特定非営利活動法人(NPO法人)四日市市建築防災センター 顧問

特定非営利活動法人(NPO法人)郷土文化財保存会 顧問
四日市朝市協同組合 顧問
四日市駅西発展会 顧問
四日市ボーイズトップエース 顧問
四日市山車文化財等管理者連絡協議会 顧問
四日市ソフトボール協会 副会長
三重県豆腐商工組合 顧問
四日市猟友会 顧問
三重県レッカー事業協同組合 顧問
社団法人四日市青年会議所 特別会員
一般財団法人澄懐堂 理事